2013.10.15
保育士のメンタルケア講座

vol.1 保育士の心のケアについて真剣に考えませんか?

保育士のメンタルケア講座vol.1 保育士の心のケアについて真剣に考えませんか?──精神科医・執筆家 奥田弘美先生

保育士は自分を抑えることを要求されて辛いと感じやすい仕事

編集長:今回から12回に渡り、奥田先生と保育士のメンタルケアについて考えたいと思います。よろしくお願いします。
第1回目は「いま保育園にとって必要な保育士の心のケアについて、真剣に考えましょう!」というテーマでお話ししていきましょう。

奥田:よろしくお願いします。

編集長:私は保育園の園長として2年くらい働いていましたが、入社時は元気だったのに、少し経つと元気が無くなくなる人、実は入社する以前から、鬱(うつ)で病院に通っている人が何人かいました。
最近そういう方が増えていると感じたのですが、奥田先生はどう思われますか?

奥田:看護師や保育士など、女性が多い職場で、献身的な姿勢を求められる職種では、確実に鬱が増えています。
福祉系の仕事は、いつも笑顔でいなければならない、自分より相手のことを考えなければならないなど「自分を抑える」ことが要求されます。心が弱っている時には、事務職などに比べて辛いと感じやすい仕事なのです。

編集長:私も園長時代は何かあったら相談して下さいと呼びかけていましたが、やはり男性には相談しづらいようですし、保育士同士でもなかなか相談できないようでした。

奥田:一人で抱え込んでしまったり、思い切って相談しても分かってもらえず不眠症になってしまったり、食欲が落ちたり、仕事に行けなくなってしまうパターンが多いようです。心の健康を守るための仕組みを持たなければそうなる前の対応として一番良いのは、上司に当たる方などが悩みを受け止めて一緒に良い解決策を考えていくことです。
しかし、現状では保育業界自体が保育士のメンタルを守ろうという意識がとても低いのです。

保育士の心の負担を減らすために必要なケア
図:保育士の心の負担を減らすために必要なケア

編集長:インターネット上の保育士の話でも、4月に入ったばかりの人が働き始めてすぐ辞めたいと思っているエピソードが多いですね。新人で仕事が上手くできないのを他の人達が影であげつらっているのを聞いてしまったり、上司のきつい言葉に落ち込んだりということが理由のようです。
今の保育園は人手不足で、新卒で入ってきた人を即戦力としてカウントしてしまう傾向があるようですが、新卒者に対してのケアがどうなっているのかは気になりますね。上司や先輩がどう接してあげれば働きやすい環境にできると思われますか?

奥田:まずは、自分自身で自分の心と健康を守るための知識やスキルを身に付ける「セルフケア」をしっかりとしましょう。
その次は、上司が部下のメンタルに気を付けてあげる「ラインケア」が重要です。
この二つをしっかりしないと、保育士の心と健康は守れません。それから、保育園がEAPなど外部の専門家の方に相談を委託するという手段もあります。大規模な園でしたら、産業医さんに来てもらうこともできます。
自分達の心と体を守るために、このセルフケアとラインケア、そして相談できる環境を充実させることができれば、保育士の心の負担はだいぶ減ります。

また、保育士が元気じゃないと良い保育を提供できなくなります。子どもを健康に育てるための心のケアは勉強している方が多いのですが、子どもを健康に育てるのは育てる人が健康じゃないと無理です。
心が不健康なお母さんに育てられた子どもは、なんらかの症状が出ることが多く、心が健康でニコニコ笑っているお母さんが育てた子どもというのは、多くが元気に育っていきます。
保育士は親の代わりとして子どもと一日8時間以上一緒にいる職業なので、保育士が元気じゃないと良い子どもが育つ保育はできません。
つまり、子どもの心のケアを考えるなら保育士の心のケアもセットで考えなければいけないのです。しかし、その部分が抜け落ちている状態の保育園が多いように思えますね。

保育士のメンタルケアはリスク管理の上でも重要なこと

編集長:そうですね。保育士向けの研修でも保護者対応の研修や手遊び、食事関係の研修、子どもの発達関係の研修は開催されますが、保育士のケアという研修は私が知る限りではあまり聞いたことがありません。
保育園では保護者の方や子どもへの対応に目が行きがちですが、園長クラスや主任クラスの方は保育士のメンタルケアについての研修が今後必要になっていくでしょう。ここを変えないと、入ってもすぐ辞めてしまうという保育士不足のサイクルは解消できません。それは保育業界にとってもマイナスですし、先生の顔が落ち込んでいたら、子ども達も元気が無くなってきてしまうと思います。
今まで保育園を取材してきた中でも、先生が元気な保育園は子ども達も元気だと感じましたし、その逆のパターンの保育園もありました。

奥田先生

奥田:その差ははっきり出るでしょうね。
子どもは自分で自分の世話が出来ませんから、誰かにやってもらわなければなりません。しかし、心のエネルギーが下がっている人は他者に愛情を注ぐ力が非常に下がってしまいますし、自分が弱っているので相手に対する気遣いや観察力も落ちています。
そのため、子どもが何をして欲しいのか気付いてあげられなくなってしまうのです。さらに、心のエネルギーが下がっている時に怖いのは「ついうっかり」のミスです。
脳が疲れているため、思考が鈍くなってしまい事故の発見や喧嘩の仲裁が遅れて大事になるなど、業務面での失敗が増えてしまいます。つまり、リスク管理という意味でも保育士のメンタルケアはとても重要なのです。
離職率とリスク管理という二重の意味でメンタルケアは保育園が真剣に考えなければならない問題です。

編集長:なるほど、メンタルケアを充実させれば一度に二つの問題に対処できるのですね。

奥田:そのためにも自分で心が疲れてきたなと思った時点で、一番自分が話しやすそうな人にまず相談してみましょう。
自分の職場で、一番話しやすいと思える人や保育士の仕事を分かってくれる人に相談するのがベストです。そうして自分の中の不安やストレスを外に出してみて下さい。
一人で抱え込んでどんどん症状を悪化させるパターンが多いので、もし職場で話せる人がいないなら友人でも家族でも、自分のことを大切に思ってくれている人に打ち明けてみて下さい。

編集長:逆に上司から見て、心配な保育士がいる場合は、どうしてあげればいいでしょうか。

奥田:まずは声かけですね。
ただし、他人が居るところだと本音が言えないことがあります。様子がおかしいと思ったら、早めに一対一で話を聞き出してあげて下さい。その際はあまり気負わずに「あなたを心配しているよ」というスタンスで聞いてあげるのがポイントです。
どれだけ早く保育士さんの不調に気付けるか、というのも指導者の方がメンタルケアの知識をどれだけ持っているかにかかっています。
早期発見、早期対応のポイントなどもこれからの連載の中でお伝えしていけたらと思います。

編集長:これから12回の対談の中で、園長先生や保育士さんがメンタルケアの知識を高めていけるような企画にしてきたいですね。
保育士さんが元気になることで、子ども達も元気になれるというのを目標に連載していきたいと思います。

奥田:次回から、ストレスの「いろは」を詳しく解説して、徐々に対応の仕方まで説明していければと思います。

編集長:貴重なお話をありがとうございました。
次回のテーマは「ストレスの正体って何? どんなことに気を付ければいいの?」です。お楽しみに!

奥田 弘美
  • 奥田 弘美
  • 経歴

    精神科医・産業医として老若男女のストレスケアやメンタルケアに関わりながら、本の執筆や講演にて心身の元気アップ法を精力的に伝えている。雑誌、新聞などの監修・連載経験も多数。
    近著は「部下をうつにしない上司の教科書」(東京堂出版)、「ココロの毒がスーッと消える本」(講談社)、「自分の体をお世話しよう ~子供と育てるセルフケアの心~」(ぎょうせい)。
    私生活では13歳と9歳の男児のママであり、保育園に子育てを支えてもらったことに深く感謝している。