第2回 海外と日本・音環境と子どもの「聞こえ」
子どもと音環境について研究されている志村洋子先生にお話をうかがいました!
こちらのWEB連載では誌面に載せきれなかった、子どもの音環境に関わるお話をより詳しく紹介していきます!
海外では、保育室の中でどの周波数の音が何秒間残るかという「残響」に対して、明確な基準が定められている国が多いです。
以前、スウェーデンのストックホルムに9か月ほど住んでいましたが、ある時、保育園へ「遊びの調査」に行った時に、室内の空調と音の状況を調べに来ている市役所の担当者達に会いました。その後、別の保育園でも以前調査していた同じ人達に再び会ったのです。保育室の音の環境が正しく保たれているのか、空調が基準に合っているかどうかを常にサーチしていることを知りました。
一方、日本ではどうかというと、保育室内の「反響する音」に対する基準はまったくありません。園舎は各建設会社が建てた後はそのまま、施主に渡されます。室内の音の状況については具体的に調べることはないのが実情です。
最近までの日本の木造家屋は良く言えば通気性が良く、悪く言えば隙間風が入るような傾向がありました。室内から外に音が抜けても、近隣から「子どもの声」にクレームが来ることもそれほどなかったので、あまり音に気を遣う必要がありませんでした。
しかし時代は変わり、子どもの声はうるさいと苦情の対象になりました。また、保育室内は冷暖房が完備されることで、音や声が漏れない気密性の高い場所になりました。こうしたことで、室内の音の残響時間は大きく変化し、音の聞こえ方も変わってきましたが、こうした変化は目に見えないため、顧みられないままできています。
それが、ここへきて変化が起きました。2020年6月にようやく日本建築学会が保育施設の音環境について新しい基準を作り、乳幼児が日々長時間を過ごす保育室の音に関する基準が提示されたのです。
新しく保育室を作る際にはこの基準が生きてくることが予想され予想されますので、今後、保育室内の音の響き(残響)を減らすため、さらには、子どもの聞こえと保育者の聴力を守るために非常に喜ばしいことと言えます。
子どもは良い聞こえの持ち主と考えられていますが、聞く力の発達段階のはじめは、周りに音がない静かな環境の中で「単音」を聞き取るときの「良さ」なのです。つまり、周りがガヤガヤしている環境では、話し声や色いろな音は明瞭に聞き取れないことが最近の研究で分かってきました。保育に関わる先生方には、子どもの聞こえは私達大人のような聞こえでないことを、まずは知っていただきたいのです。
みなさんは健康診断などで、音が聞こえたらボタンを押すオージオメーターを使った聴力測定をなさったことがあると思います。子どもの場合、この方法では時には適当にボタンを押してしまって正確なデータが取れないことがあります。最近使われるようになったOAE(耳音響放射:Otoacoustic emission)という検査で聴力測定を行いますと、耳の中に届いた「音」に反応した有毛細胞の「音」により自動的に聴力が測れます。
このOAE で3歳児の聴力測定を実際にしてみると、20歳若者の平均値をも大きく上回るほどの聴力の子どもが多いことがわかりました。その一方で、聞こえにくい値の子ども達もおり、左右耳の聴力が大きく異なるなどの個人差も大きい結果でした。
保育室で先生のそばにいつもくっついている子や、呼んでもなかなか来ない子などの聞こえの状態を知ることは、知らないままで保育をするのとでは、室内の環境構成や関わり方にずいぶん違いが出るでしょう。
子どもの「聞こえ」の力は15年ほどかけて育っていくことが最近の研究で明らかにされてきました。園に通う数年間に聴力が低下してしまうことは避けたいものです。「聞こえ」の力を守る環境作りは非常に重要と思います。
子どもは「うるさい」と感じても明確なことばで周りの人に伝えることはできません。遊びの中で友達と「うるさい!」「しずかに~」と言い合っても、その声さえ保育室の賑やかさにかき消されます。こうした賑やかさが当たり前になっていることに、我われ大人も気付けないのが現状といえるでしょう。
保護者の方や保育園・幼稚園の経営者の方には、大きな声を出さなくても過ごせる保育室、おたがいの声が明瞭に聞こえる環境をつくり、保っていくことを念頭においていただければ大変ありがたいと考えます。
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博士(教育学)、埼玉大学名誉教授、東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業、東京藝術大学院音楽研究科修士課程修了、現在は「同支社大学赤ちゃん学研究センター研究員、保育施設の室内音環境改善協議会代表。
主な研究分野は「乳幼児の歌唱音声の発達」「乳児音声とマザリーズ音声の音響分析研究」「保育室空間の音環境に関する研究」「騒音環境が乳幼児期の聴力に及ぼす影響に関する研究」ホームページ:https://hoiku-otokankyo.org/