子どもの創造力が未来をつくる──石戸奈々子さん
「創る力」を育める場を作りたい
編集長: 石戸さんはどうしてCANVAS を立ち上げたのですか?
石戸: 情報化・国際化が進み、世の中が大きく変化する中で、これからの子ども達に求められる力は、世界中の多様な価値観の人と協働しながら新しい価値を作り出していく力だと考えています。言い換えるならば、コンピュータに代替できない人間だけが持つ「創る力」と「コミュニケーション力」の2つです。
これまでの学校の教育では知識を記憶・暗記するということに評価の力点が置かれていました。しかし、知識を記憶するということはコンピュータの方が圧倒的に優れています。そうすると、頭の中に知識を貯めておくということの価値は相対的に下がっていく。そんな時代では、本来保育園幼稚園が大事にして育んできた学びの場こそが大事だと思うんです。友だちと協力しながら、つくりながら学んでいく。そんな学びの場を作りたい。教育機関や家庭だけに任せるのではなく、ありとあらゆる大人が手を取り合って新しい学びを作っていく環境を作りたいと思い、2002年にCANVAS というNPO 法人を立ち上げました。
CANVAS の象徴的な企画がワークショップコレクションという企画です。子ども達が数人でチームを組んで何か一緒につくっていくワークショップを一堂に集めたイベントで、過去最高では2日で10万人の子ども達が来場しました。未就学児のお子さんもたくさん参加しています。
子ども達が大人になる頃には、今ある仕事の半分以上がなくなっているだろうと言われています。だからこそ子ども達の世代は、新しい仕事や新しい社会を自ら創っていく、創る力が大事なのではないかと思っていて、またそれがCANVAS のワークショップが「自らつくる」ことを大事にしている理由でもあります。
プログラミングは単なるツールにすぎない
編集長: 2002年に小学校でプログラミングが必修化されますが、子どもがプログラミングを学ぶメリットって何なのでしょうか?
石戸: たとえば国語の授業があるからといってみんなが作家になるわけではないし、体育の授業があるからといってみんながスポーツ選手になるわけではないように、プログラミング教育といっても、プログラマ育成を目的としたものではありません。ではなぜ行うかというと、コンピュータが人間の生活の中に入り込んできて、私たちの生活と切っても切れない存在になってしまっているからです。昔は一部の人だけがコンピュータやプログラムに興味を持ち関わるものでしたが、今は多くの人がスマホを持ち、生活を取り囲むさまざまなものにコンピュータが組み込まれ、それが制御しています。だからこそ全ての人に関係のある教育の問題として議論されるようになったわけで、「メリット」は何かではなく「すべての人が知っていなくてはいけない基礎教養」になったのが必修化の意味だと思っています。
私達は「プログラミング『を』学ぶ」ではなくて、「プログラミング『で』学ぶ」という言い方をしています。たとえば絵を描くツールとしてクレヨン、絵の具などがありますが、そこにプログラミングという新たなツールが加わったというだけなんですね。大事なのはそのツールで何を表現したいのか、何を作りたいのかというコンテンツの部分。プログラムを組めるようになることが目的ではなく、プログラミングを使うことによって、論理的に考え問題を解決する力や、他者と協働して新しいものを作っていく力が育まれると良いと思っています。
編集長: プログラミングって、実際に何からしたらいいのかわからないのですが。
石戸: プログラミングというのは「ある課題を解決するために物事を細分化し、順序立てて組み立て、過不足なく指示をしていく」ということなんです。プログラミング言語を学ぶということだけではなく、プログラミング的考え方を学ぶことができる場面はたくさんあります。身近なものでいうと、料理もある種プログラミングなんですよ。料理を完成させるために、順序立てて効率的に手順を組み立てて作っていきますね。それってプログラミング的な考え方なんです。そういう効率的な段取りを考える中でプログラミング的考え方を学んでいくということもできるのではないかと思います。
今はコンピュータが人間に近づいてきていて、プログラミング言語も私達が使いやすいように変化しています。今多くの子ども達が使っているプログラミング言語は、積み木のようにブロックを組み立てていくことでプログラムが組めるというものです。たとえば「前に進む」というブロック10個と「右に曲がる」というブロックを組み合わせて、「10歩前に進んで右に曲がる」という動きをさせるプログラムを組むことができます。木製のロボットを実際に動かすキュベットというツールなど、小さな子でも玩具の延長で手軽に学べるものもありますし、無料のツールや書籍もあるので、子どもも先生も楽しみながら触れてみるのが一番ですね。
バランスよくデジタルを取り入れて先生にしかできない仕事を大切にしてほしい
編集長: デジタルえほんにも取り組んでらっしゃいますね。
石戸: はい。デジタルえほんは紙の絵本の延長ではないと考えています。本、映画、音楽など様ざまな表現領域があるかと思いますが、同じようにデジタルえほんも新たな表現手法の1つであると考えています。子ども達が触れるその表現をより豊かにしていきたいんです。
私達は、毎年「デジタルえほんアワード」を開催しています。初回は紙の絵本をデジタル化したものがグランプリを取りましたが、翌年以降はデジタルから生まれた作品が受賞するようになりました。たとえば、紙の絵本にスマホをかざすと、主人公の鳥がふわっと空間に出ていって、空間全体がデジタルえほんの世界になるようなものです。デジタルえほんは、保育園幼稚園で導入しやすいかもしれませんね。
私達が開発する時に大事にしていることは、子ども達自らが表現したり、創造したりすることができるようなコンテンツにするということです。よく「スマホ子育て○か×か」と話題になりますが、良い使い方をすれば○で、ダメな使い方をすれば×なんですよね。スマホだけを渡して子守に使うのではなく、親子コミュニケーションのツールとして使えるようなコンテンツを作りたい。何でもバランスだと思うんです。遊んでいるだけでも、勉強しているだけでも、体を動かしているだけでも、本を読んでいるだけでもダメですよね。バランスの良い活動ができる生活をすることが大事です。その際に、新しいテクノロジーも旧来のテクノロジーも、良いものは取り入れてみるのが良いと思います。デジタル技術もうまく使えば、むしろ子ども達の情操教育に良いと思います。もちろんきちんと使い方のルールを作り、それを守りながら使うことが大事です。
編集長: 保育園幼稚園業界はIT 化がなかなか進んでおらず、まさに今変わろうとしてきています。保育業界の人に向けてメッセージをお願いします。
石戸: 私は、旧来のものをデジタルに置き換えるのではなくて、新しくツールが増えると捉えています。今の子ども達は、ネットワークに繋がった何らかのデバイス無しに生きていくことはできない世代だと思うんですね。それならば小さいうちから、大人が良い使い方、良くない使い方を寄り添ってきちんと教えるべきだと思います。自分の描いた絵を動かすことができるとか、世界中の人とコミュニケーションを取ることができるとか、自分のアイデアを簡単に形にすることができるとか、デジタルだからこそできることもたくさんあります。そしてそれは、子ども達の世界を広げてくれるものです。ですので、怖いものとか、排除しなくてはいけないものと決めつけず、一つのツールとして試してみてもらいたいですね。
デジタルについて、私達はよく「楽しく・繋がって・便利」言葉を変えると「創造・共有・効率」の3つのメリットがあると言っています。大人にとってもそのメリットがあります。例えば、保護者の方とのコミュニケーションを密にすることができる、書類作成や管理などの事務仕事を効率化し、先生の仕事の負荷を減らすことができるといったことです。そういうデジタルの得意とする部分は機械に置き換えてしまって、先生は、子ども達とコミュニケーションを取りながら一緒に過ごすという、先生にしかできない仕事を大事にしてほしいと思います。
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石戸 奈々子(いしど・ななこ)
東京大学工学部卒業後、MIT メディアラボ客員研究員を経て、NPO 法人CANVAS、株式会社デジタルえほん、一般社団法人超教育協会等を設立、代表に就任。慶應義塾大学教授。総務省情報通信審議会委員など省庁の委員多数。NHK 中央放送番組審議会委員、デジタル教科書教材協議会理事等を兼任。政策・メディア博士。著書に「子どもの創造力スイッチ!」など。開催したワークショップは 3000回、約50万人の子ども達が参加。デジタルえほん作家&一児の母としても奮闘中。