保育士さんには子ども達が憧れる存在であってほしい──大友剛
子どもの反応はシビア。だからこそやりがいがある!
編集長:なぜマジックと音楽と絵本の読み聞かせの活動をやろうと思ったのですか?
大友:保育園や幼稚園でコンサートをするようになって12年になります。その前は音楽事務所に所属して、ビアホールなどで大人向けにジャズ演奏をしていました。その後、たまたま知り合いの幼稚園に呼ばれてコンサートをする機会がありました。その時の子ども達の反応が私にはとても衝撃的だったんです。それまでの大人のオーディエンスとは全く違うストレートな表現に感動しました。子どもは社交辞令なんてないし、本音をぶつけてきてくれますから。それで子ども達をもっと楽しませたい! と思うようになったんです。
編集長:一人で3つの演目をするのがすごいですね。一般的には単体でやることが多いと思うのですが。
大友:初めはピアノとピアニカという構成でした。保育園幼稚園では1時間のコンサートをするのですが、どこへ行っても「集中できないかもしれないので短くてもいいですよ」と言われて。確かに音楽だけで子どもを1時間楽しませるのはとても大変です。それで、自分が小さい頃から大好きだったマジックを取り入れてみたところ、すごく反応が良くて楽しんでくれたんですね。それから創作楽器を使ったり、絵本の読み聞かせをしたりと常に進化させてきました。今はマジックと音楽と絵本のコンサートというスタイルでやっています。
編集長:イベントを通して伝えたいメッセージはありますか?
大友:コンサートを観てくれる子ども達には、マジックと音楽と絵本を純粋に楽しんでもらいたいです。
僕は小学校時代があまり楽しくなかったんです。ルールがやたらとあるし、宿題も多くて家で遊ぶ時間も制限されちゃいますし、いじめも経験しました。そんな中で、家族と音楽とマジックが心の拠り所になっていたと思います。今の子ども達には好きなことをどんどんやってほしい。僕のコンサートが何らかの刺激になり、自分らしく生きる助けになれたとしたら幸せなことです。
保育園の先生はコードを学ぶのがおすすめ
編集長:マジック、音楽、読み聞かせ、さらに翻訳のお仕事もなさっていますが、小さい頃は何になりたかったのですか?
大友:小学生の頃の作文には、ピエロになりたいと書いてあるんですよね。両親がサーカスや演劇、映画、コンサートなどへ積極的に連れて行ってくれて、その影響が大きかったのかな。子どもが好きなので、保育士になりたいと思った時期もありました。
高校生くらいから世界も知りたいと思い始め、アメリカへ留学しました。その大学で本場のジャズに出逢い、心理学や教育を学んで、色いろと思いが変わっていき、今に至る感じですね。
編集長:小さい頃から音楽に親しんでいたのですか?
大友:5歳の時ピアノを始めたんですが、2年ぐらいでやめてしまいました。実は楽譜を読むのはあまり得意ではありません。それでも音楽は好きだったので、それからアメリカへ行くまでは独学です。
編集長:私もピアノをやっていたので弾けますし楽譜も読めますが、アレンジは苦手です。独学で楽譜が読めなくてもアレンジができるってすごいです。
大友:僕はコードで音楽を理解しているんです。コードを学ぶと楽譜がなくても弾けるようになるんですよ。転調や移調もできるので、子どもの年齢や気分に合わせてキーを変えられるし、アレンジも自由にできます。
保育園幼稚園の先生になるにはピアノがつきものですが、保育科ではクラシックから入りますよね。僕は保育士にとってはポップスやジャズなど自由にアレンジができる方がいいと思うので、そういうアプローチで学べるようにするのが1つの夢ですね。
保育士は世の中で一番素敵で神秘的な職業
編集長:どうやって読み聞かせをしたらいいか悩んでいる先生にアドバイスをお願いします。
大友:僕は自由に読むのが良いと思っていますが、自由にできないからどうしたらいいのかという質問が多いんですよね。でも難しく考えないで、自分らしく読むのが良いと思います。
最近ではYouTube で読み聞かせ動画をたくさん見られますから、自分に合った読み方を探してみるのもいいですね。作家さんが自ら読んでいる動画も公開されていて、それを見るとその本に込められた想いを読み取れて参考になります。作家さんの講演会や読み聞かせの会に行ってみるのもおすすめです。
編集長:プロジェクターで、触ると動く絵本を見せていただきましたが、ああいうデジタルと融合した絵本の読み聞かせって難しいんですか? 先生方の要望もありそうです。
大友:誕生日会や発表会でやりたいというお話をいただきますね。実は簡単なんですよ。多くのパソコンに入っているパワーポイントというソフトを使っていて、僕が翻訳している絵本のデータは出版社から無料で借りられます。
編集長:そうなんですか! 新しいタイプで面白そうだなと思って。
大友:そうですね。でもこれ、普通に絵本を開いて読んでも、子ども達の反応はまったく同じなんです。アナログの動かない絵本でもデジタルの動く絵本でも、子ども達にとっては同じ世界観で理解しているってことなんですね。子ども達にとって絵本は大人が思う以上にファンタジックな世界が広がっているんだなと感じます。
編集長:興味深いですね。読み聞かせといえば、大友さんが翻訳された『えがないえほん』。動画を見ましたが、子ども達が大笑いしていますね。
大友:本当にすごいんですよ。保育士研修会でも紹介していますが、「私が受け持っている子ども達、これ絶対好きだわ~!」と言って買ってくださいます。日々子どもと接している保育士さんは、すぐにこの本の意図や子どものツボがわかると思います。
編集長:この絵本を読むにあたってのポイントって何ですか?
大友:この本はアメリカで“子ども達が初めて出会うお笑いの台本”と言われています。ボケ(大きい文字)とツッコミ(小さい文字)がわかりやすくなっているので、そこを理解して読みさえすればウケます。この本は、大人が子どもに「使っちゃダメだよ」と言うような言葉を言わされてしまうというところが面白いので、基本的には嫌々読む、恥ずかしがって読むと子ども達は大喜びです。普段すごく真面目で下品なことを言わない人の方がウケると思います。
発売以来、色いろなエピソードが送られてきます。たとえば、文字に興味を持ち始めた子が書き写しをしたり、納豆のお味噌汁を食べてみたいというので家族で作って食べてみたとか、絵本にまったく興味を示さなかった子や障がいを持つ子が自分で読み始めたとか。嬉しい声をたくさんいただきます。
編集長:最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
大友:保育士って親以外で子どもが一番密に触れる大人だと思うんです。だから子ども達が憧れる存在になってほしい。それには、まず自分が楽しんでいないと。
色いろな業務で忙しいとは思いますが、造形でも絵本でも歌でも何でもいいから、自分の柱となるものを1つ持ってほしいと思います。ぜひ現場で自分の特技を試してください。輝いている大人が保育園の中にいっぱいいて、その中で子ども達が成長していくのがいいと思う。
僕はマジックで失敗することもあります。でも、失敗しても子ども達は喜んだり笑ったり、「頑張って!」と応援してくれたりする。だから失敗してもいいなと思って、新しいマジックに挑戦するようにしています。
本当に子ども達って素晴らしいオーディエンスですね。そこに常にいられる保育士さん達が本当に羨ましいです。
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大友 剛(おおとも・たけし)
自由の森学園卒業後、アメリカ.ネバダ州立大学で音楽と教育を学ぶ。卒業後、フリースクールのスタッフとして不登校、引きこもりの若者と共同生活をする傍ら、音楽事務所で作編曲、演奏、CM 制作を手掛ける。2005年よりフリー。「音楽とマジックと絵本のコンサート」で活動。中川ひろたか、ケロポンズ、室井滋、長谷川義史との共演も多い。
翻訳絵本に『ねこのピート シリーズ』(ひさかたチャイルド)、『えがないえほん』(早川書房)。
東日本大震災後、被災地に音楽とマジックを届けるプロジェクトを設立、東北、九州で展開中。