第36回 世界の幼児食育から学ぶ〈前編〉──成長と安全を支える食事のあり方──

はじめに
幼児期の食育は、子どもの生涯にわたる健康の基礎を形成するうえで極めて重要です。しかし、各国の食文化や教育方針によって、食育へのアプローチは大きく異なります。
今回はスウェーデン、デンマーク、ドイツ、アメリカなど世界各国の幼児食育の特徴と工夫を紹介し、特に日本の幼児食における窒息リスクへの対応と各国の食事形態の違いに焦点を当てて考察します。
窒息リスクと幼児食──日本の現状
1-1 日本の幼児食における窒息事故の実態
日本では、食べ物による窒息事故が幼児の不慮の事故死として依然として高い割合を占めています。食品安全委員会の報告によると、幼児(0~4歳)の窒息事故による死亡率は、他の年齢層と比較して高いことが指摘されています。
幼児の救急搬送事例を分析すると、以下の食品が窒息の主な原因として挙げられています。
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- キャンディー(飴)
- 乳幼児の救急搬送・死亡事故の最多原因
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- 餅(もち)
- 弾力が強く、咀嚼力が弱い幼児では十分に噛み切れない
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- ミニカップゼリー(特に蒟蒻ゼリー)
- 形状と食べ方が窒息リスクを高める
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- 豆類・ピーナッツ
- 気管支に入り込みやすい
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- ブドウや小さめの果物
- 丸ごと口に入れると窒息リスクがある
2009年の調査では、15歳以下の子どもを持つ母親1,015人に対して過去1年間の食品による窒息経験について尋ねたところ、6.2%(63人)が「経験あり」と回答しています。
この数字は決して小さくなく、日常的に発生している問題であることを示しています。
1-2 日本の幼児食における窒息予防の特徴と課題
日本の幼児食では、窒息リスクを減らすために以下のような対応が特徴的です。
- 徹底的な「細かさ」への配慮
- 豆類は潰す、または粉砕する
- うずらの卵は潰す、またはみじん切りにする
- 肉類は細かく刻む、またはミンチ状にする
- リンゴなどの果物はすりおろす、または極小の角切りにする
- 年齢に応じた「禁止食品」の設定
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- 1歳未満
- ピーナッツなどの豆類、うずらの卵、固形のブドウなど
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- 2歳未満
- 飴やチョコレート、乾燥した果物など
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- 3歳未満
- 固いせんべい、ポップコーン、スライスアーモンドなど
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- 一口量の厳格な制限
- 口に入れる量を極めて小さくすることを推奨
- 大人が一口と考える量の1/2~1/3程度を目安にする
これらの対応は安全性を確保する上で重要ですが、一方で以下のような課題も生じています。
- 過度な細かさへのこだわりが、咀嚼力や口腔機能の発達を妨げる可能性
- 禁止食品の多さが、多様な食品への早期接触・経験を制限する
- 保護者の過度な不安や恐怖心が子どもに伝わり、食に対する消極的態度を助長する危険性
北欧の幼児食育──五感で食を楽しむアプローチ
2-1 SAPEREメソッド──北欧発の感覚教育型食育
北欧諸国で広く実践されている「SAPERE(サペレ)メソッド」は、1970年代にフランスのワイン専門家であり化学者のJacques Puisais(ジャック・ピュイセ)氏によって開発された食育法です。「SAPERE」はラテン語で「知る・味わう・感じる」を意味し、子ども達が五感を通じて食材を知り、食の楽しさを発見することを目的としています。
SAPEREメソッドの特徴は、以下の9つのステップで構成される体系的なアプローチです。
- 食べ物を味わう際に五感すべてを使うことを学ぶ
- 味覚を分離して認識し、基本的な味を識別する
- 主要な味を学び、味の組み合わせを実験する
- におい認識と記憶について探求する
- 視覚と色の重要性を学ぶ
- 触覚と聴覚が食べ物の味わいに与える影響を発見する
- 香りの強さの変化や咀嚼の重要性を学ぶ
- 文化的多様性と地域の特産品について紹介される
- 仲間と食の体験を共有し、共同の食事の楽しさを体験する
この方法では、「正解」や「間違い」がなく、子ども自身の体験と感覚が尊重されます。子ども達は食材に対する好き嫌いを超えて、多角的に食材を理解するよう促されます。
2-2 スウェーデンの幼児食育──窒息リスクと自立のバランス
スウェーデンの幼児教育施設(プレスクール)での食育は、窒息リスクへの配慮と子どもの自立心の育成のバランスを重視しています。
- 自立した食事スキルの早期開発
- 1~5歳児は大人と同じ食器・カトラリーを使用(発達段階に応じて)
- 3歳児から自分で食事を取り分け、セルフサービス形式を経験
- 5歳児は配膳や後片付けを自分で行う練習をする
- 窒息リスクへの教育的アプローチ
- 食べ物の物理的特性と安全な食べ方について説明
- 少量ずつ口に入れる習慣づけ
- 集中して食べることの大切さを教える
- 大人が同席して見守りながら、自分で食べる経験を促す
- 環境配慮と食文化の体験
- 週に1回ベジタリアン給食を提供
- 伝統食と多様な文化の食事を体験
- 食品廃棄物のコンポスト化など、環境教育と食育の統合
スウェーデンでは、餅やゼリーなど窒息リスクの高い食品についても、禁止するのではなく「どのように安全に食べるか」を教える教育的アプローチが取られています。リスクを避けるのではなく、リスクと付き合う方法を学ぶことで、子どもの自立心と判断力を育むことを重視しています。
(MiRAKUU vol.51掲載)
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- 新橋 未来歯科 院長
姿勢咬合セミナー主幹(27年以上続く姿勢と噛み合わせの歯科医師向けのセミナー)
Ken'sホワイトニングセミナー主幹1984年静岡県菊川市にかわべ歯科を開業。2011年新橋に未来歯科開業。
従来の疾患中心型治療ではなく、「細菌単位でのお口の中のリスクを知り、その結果に基づき改善していく」「食事内容の分析・アドバイス」「姿勢指導や、呼吸などのアドバイスによる体質改善」「患者様の未来の目標設定」をコンセプトにした「予防」診療を行う。
歯科医・歯科衛生士向けの各種セミナー、DMMでのオンラインサロン等も精力的に行なっている。
『かわべ式 子育てスイッチ ~生まれた瞬間からグングン発達する88の秘訣』(エッセンシャル出版社)好評発売中。
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