vol.12 奥田先生×園長座談会~保育士の笑顔を守るために今必要なこと~
保育士のメンタル不調の原因
編集長: 保育士のメンタルケア講座も最終回となりました。今回は園長2名をお招きして、実際の保育士のメンタルについてのお悩みや解決方法などをお話していただきたいと思います。
奥田: 保育士さんのメンタルヘルスケアは一般企業より遅れているように思います。保育士さんはお子さんに目を向けて自分のことは後回しにしてしまう傾向がありますし、経営者も職員のメンタルに対する意識が薄いように思います。実際に園を経営なさっていてどう思われますか。
増田:その通りで、業界自体が献身的な働き方を当たり前と思っているふしがあります。そして、保育士を志す人は真面目で、ちょっとしたミスやクレームも自分の責任にしがちです。また、子ども、保護者、職場と常に人を相手にするので、自分が周りにどう見られているのか気になってしまう。この2つの理由で精神的に苦しくなってしまうのではないかと思います。
奥田:真面目で完璧主義の方、自分より他人を優先してしまう方、周りを気にしすぎてしまう方、常に元気を装うムードメーカータイプの方は鬱になりやすいと言われています。自分の気持ちや疲れを抑えて行動してしまうところが共通点ですね。
田中:保育士不足が問題になっていますが、そのぶん仕事がハードになっています。配置基準だと1歳児は園児6:保育士1なのですが、現実に6人を1人で見るというのはすごく大変で、その通りやっていたら身体も心も持ちません。
奥田:身体の疲れから鬱になるというのも多いんです。保育士さんは製作を持ち帰ってやったりしますし、残業もタイムカードなどできちんと管理できれば良いのですが、保育業界ではそういった部分も遅れていると思います。法の目がなかなか行き届かないというのも原因のひとつでしょう。
「関わりの質」の見直しで大きな変化
奥田:保育士さんは園内の人間関係にも気を遣いますよね。
増田:その点の基となるのは、ダニエル・キム博士の提唱する「成功の循環モデル」でいう「関わりの質」ではないかと思います。たとえば子ども達に「きちんとさせる」「立派にお遊戯させる」などの「結果の質」からスタートすると、失敗したらどうしようなどのマイナス思考になってしまって、結局悪い結果になってしまうのです。
ある時、うちでもそうなってしまっているかもと気づき、結果からではなく関わりからスタートするように変えたのです。
奥田:具体的にどうされたんですか。
増田:まず、経営者がコントロールを手放す宣言をしました。大きな期待や管理することを抑え、やりたいことをやりたいようにやっていいと、指示をすることを少なくしたのです。そして、食事会やミーティング、職場を離れて一対一での対話をしたりしました。これはとても大きな変化をもたらしました。
奥田:職場の雰囲気や個々での関係づくりをしたのですね。そうすると悩みも相談しやすくなりますね。
増田:スタッフだけではなくて、保護者の方に対しても同じことが言えると思います。うちの保育所はほとんどクレームが来ないんですよ。
悩む前の基本的な日々の習慣づくりで信頼関係を築く
田中:うちは、悩む前の基本的な習慣づくりを大切にしています。送迎時にスタッフと保護者の方がハイタッチしたり、毎日スタッフ同士がお互いの良いところを褒め合うミーティングをしたりします。それをやり続けた結果、職場がとても明るくなり、みんなが肯定的に、前向きになりました。それが保護者対策にもなったと思います。雰囲気はずいぶん変わりましたね。
編集長:褒め合うというのは何か効果があるのでしょうか。
奥田:信頼関係ができやすいですね。人は自分を認めてくれる人に対してプラスの印象を持ちます。そこで信頼の基盤ができて、注意されたり少しキツいことを言われたりしてもさほど落ち込まず、肯定的に受け止められるようになるのではないかと思います。
信頼関係ができていると、保護者としても先生の失敗を許せるんですよ。不信感を持っている先生だと、同じ失敗でも悪いように取ってしまいますよね。
田中: 送迎時など、保護者の方がお礼の言葉を下さったりします。すると、すごく救われる、やる気が増す、自分がやってきたことは間違いなかったと思うそうです。こういったことが日常的に大事だと思います。
奥田:そういう風に自分の頑張りを認めてもらえるというのは疲れが吹き飛ぶやりがい感につながり、とても良いですね。
悩み相談は小さな集団でする方が効果が大きい
編集長:保育業界や保育士のメンタルケアについて、今後どうしていったら良いでしょうか。
増田:私どもでは専門の相談窓口に相談できるような体制を取っています。でも、去年日本こども育成協議会のアンケートで、外の相談窓口よりも園の中で解決するほうが早く効果があることがわかったんです。外の相談窓口も会社の体制も良いのですが、保育所の中での相談できる関係づくりというのが本当に大切なんですね。
奥田:現場のことは現場でしかわからないというのもありますしね。相談しやすい雰囲気やシステムづくりはされていますか?
増田:研修などもありますが……社風かな? 良い関係が一番大事だとわかっているから、人間関係づくりは自分達で主体的にやっていますね。
面接時に、うちは人間関係がいい会社で、愚痴を言う人は少ないと言うと、愚痴を言うような素養がある人は離れていくんです。
田中:確かにポジティブで話す雰囲気のところに愚痴や不満を言う人は入れないし、入ってきても自然と変わっていきますね。
うちでは今年からメンタル部分の専門職を配置しようと思っていて、いつも笑顔で人のモチベーションを上げているスタッフにそういう役職でやってみないかと声をかけています。
奥田:いいですね! 理想は1職場に1人くらい知識のある方がいらっしゃると変化をキャッチしやすいと思います。適切なアドバイスができる人は必要ですね。
健康や体力にも留意してほしい
奥田:保育士さんは若い方も多く、昼は園の給食を食べるので良いのですが……
増田:夕食はカップラーメンで済ませてしまったりすると聞きますね。
奥田:それでは疲労回復できませんし、持ち帰り仕事や遊びで睡眠不足になったところにストレスがかかると鬱になってしまうこともあります。経営者の方は職員の根本的な健康にも留意していただきたいですね。
田中:私は今年から運動も奨励していこうと思っています。体力がないと疲れが取れにくかったり、休日も寝ているだけになってしまったりするので。
奥田:そうですね。ただ無理しすぎないように、たとえば「心の充電池」を利用して、心の充電レベルが高い時は激しめの運動にし、低い時はウォーキング程度の軽いものにするなど調整すると良いですね。
食事・睡眠・運動が健康の三本柱と昔から言われているので、それを自分で管理できるようになると体も心も強い保育士さんになれると思います。
編集長:保育士のメンタルケアに関する取り組みをうかがいました。特に人間関係や雰囲気づくりなど、保育士がすぐ辞めてしまう、人間関係があまり良くないなどストレスを抱えている園にとっては参考になるのではないでしょうか。
奥田:ぜひその方法や良いシステムを取り入れて良い循環を作っていってほしいと思います。
編集長:そして保育業界をもっと明るくして、離職率が下がり保育士不足も解消されて、先生達にいきいき働いていただけたら嬉しいですね。
田中さん増田さんそして奥田先生、ありがとうございました。
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経歴
精神科医・産業医として老若男女のストレスケアやメンタルケアに関わりながら、本の執筆や講演にて心身の元気アップ法を精力的に伝えている。雑誌、新聞などの監修・連載経験も多数。
近著は『一流の人は、なぜ眠りが深いのか?』(三笠書房)、『ココロの毒がスーッと消える本』(講談社)、『自分の体をお世話しよう ~子供と育てるセルフケアの心~』(ぎょうせい)。
私生活では16歳と11歳の男児のママであり、保育園に子育てを支えてもらったことに深く感謝している。