民族・宗教の垣根を越えて幸せになるために一緒に歩いていこう──峯村敏弘さん
幸せと勉強は別次元
堀川:小さい頃はどんなお子さんでしたか?
峯村:アリの巣に興味を持ってじっと見ていたり、興味を持つとずっとそればかりしていたタイプでしたね。うちは印刷工場をやっていて両親共に働いていたので、危ないことさえしなければ放っておいてもらえるという感じの家庭でした。
堀川:シンガポールで幼稚園を作った経緯を教えてください。
峯村:大学を出て最初に就職したのはいわゆる進学塾でした。その後シンガポールの塾に誘われてシンガポールに来たのが発端です。
子どもが好きで子ども達からも人気があって、塾講師は本当にいい仕事だなぁと思っていたんですが、自分に子どもが生まれて初めて「一人ひとりの子どもの裏に、命に代えても守りたいと思っている親がいる」ということに気付いたんです。それで、改めて自分がやりたいことは何なのか考え、勉強を教えるのももちろん大切だけれども、幸せにするということがすごく大切なんだというところに行き着きました。
塾講師をしていて、入試で合格しても幸せになれない子、不合格になっても立ち直って成功していく子をたくさん見てきました。昔は合格したら幸せ、良い会社に入ったら幸せ、お金持ちになったら幸せというのが当たり前でしたが、もうそうじゃない。幸せと勉強は別次元で考えていかないといけないと思うんですね。ではその幸せを作るためには、幼児期から、自己肯定感とか非認知能力といったものを作っていかないといけないのではないかと。
こうして幼児教育に興味を持ったところに、たまたま幼稚園を経営しませんかという話が舞い込んだんです。
文化摩擦を越えて築いた信頼関係
堀川:渡りに船だったのですね。実際にシンガポールで幼稚園を経営していて苦労したことは何ですか?
峯村:一番きつかったのは、2回騙されたことです。しかも騙したのは2回とも日本人だったんですよ。その時はさすがに人間不信になりましたね。でもその後EISを作った時に、ずっと一緒に働いていた先生達も子ども達も来てくれて、自分がやってきたことは間違っていなかったんだという自信と信頼に支えられて20年やってこられました。
日本とシンガポールの文化摩擦というのもありましたね。日本では振り返りや反省会をするのは当たり前ですが、シンガポールにはそういう文化がないようなんです。反省会をして、あそこはこうすれば良かったよねという話をすると、なんで私のやったことにケチをつけるのよという受け取られ方をして揉めてしまうということがありました。反省会はあなたを責めているわけではないということをなかなか理解してもらえなかったのが大変でしたね。シンガポールの先生が、日本人の文化はこうなんだとわかるようになってからは、日本人の気持ちがすごく伝わりやすくなって、みんなで一緒にやれる形になりました。
堀川:とても嬉しかった、感動したことはありますか?
峯村::シンガポールは多民族多宗教国家なので、違う宗教、違う人種の垣根を越えて本当に信頼感を持てたことです。もしかしたら日本人以上に深い信頼感があるかもしれません。
また、本当に子ども達が元気に喜んでくれて、こうやったら幸せになれるんだということを子ども達を通して理解できたことも嬉しいです。もちろんあの時ああしてやれば良かったと後悔することもありますが、以前よりも保育の質が良くなり子ども達と楽しめているというのはすごくありがたいですね。
「いい人スイッチ」がプロの秘訣
堀川:子ども主体の保育だと、保育士が黒子に徹することになるので忍耐力が必要だと思いますが、それを鍛えるコツはあるのでしょうか?
峯村:先生はいい人でないとできないと常々思っています。でも、元からいい人なんていませんから、子どもの前に出たらきちんと「いい人スイッチ」を入れるということがすごく大事だと思います。
たとえば子どもの泣き声はうるさくてイラつくこともあるでしょう。しかし先生である以上は「元気だな」「具合が悪いのかな」「嫌なことがあったかな」「どうしたら助けられるかな」といった思考になるはずなんです。
スイッチを入れることで我慢もしやすくなりますし、忍耐力もつくと思います。そのスイッチをきちんと入れられるようにするということが大切なんじゃないでしょうか。それがプロフェッショナルなのだと自分は思っています。
堀川:子ども主体保育への切り替えで悩んでいる保育士さんにアドバイスをお願いします。
峯村:豊かな園生活をさせるためには、子ども達が楽しむということを目的としないと何も意味がないんです。たとえば先生が怒ったとして、子どもには「先生が怒った」という記憶だけが残って、悪く変わることはあっても良く変わることはありません。これは脳科学的にも証明されています。
それならばエンジョイして過ごした方が良いでしょう。先生も子どもも幸せになることが目的なのだから、その目的に合うか合わないか先生自身が考えて、合わないことは絶対にやらない、合うことは絶対にやるというように貫くべきです。
そこで上司や園と齟齬があるのであれば、園長なり経営者なりときちんと話をして、納得してやってほしいと思います。嫌な方針で教育をするのはメンタルをやられてしまうので、納得できないのならば園を変わった方が良いと思いますね。
堀川:最後に、読者へのメッセージをお願いします。
峯村:先生も子ども達も、生きる目的は幸せになることです。能力の上下や人との比較ではなく、自分がどうやったら幸せになるかを自分で決めて、それに向かって一緒に歩いていくというのが大切だと思います。
どちらかが幸せでどちらかが不幸という形は続きません。園と先生、先生と子ども、WIN-WINの関係で幸せになっていくのがベストですよね。目指すものは幸せなんだということを常に明確にしておくと、ストレスはかなり減るのではないかと思います。それでも悩んで悩んで解決できないようなことはもう神様の領域だと思うので、自然に任せるしかない、忘れる、ということが大切だと思います(笑)。なんとかなるし、必ず幸せになっていくので大丈夫です!
(MiRAKUU vol.46掲載)
- 峯村 敏弘(みねむら としひろ)
1960年東京都生まれ。東進スクール、日能研を経て1998年よりシンガポールに住む。
「子どもたちの今と未来を幸せにする。」を模索した結果、当地にEis International Pre-School及びキッズルー&ママルーや学習塾KOMABAを創設し、当地以外にもインドネシア(ジャカルタ)、フィリピン、日本において教育事業を展開。さらに特別支援教育を始め、広く日本人子女のための教育活動を行なっている。