2024.10.15
\ノガミキ流/保育士働き方改革委員会

第11回 MiRAKUU Special Talk Session 社会福祉法人風の森統括 野上 美希 × 木元 有香 弁護士

\ノガミキ流/保育士働き方改革委員会──第11回 MiRAKUU Special Talk Session 社会福祉法人風の森統括 野上 美希 × 木元 有香 弁護士

不適切保育の定義

木元:虐待自体は以前からありましたが、2022年に裾野市の保育圏で保育士が逮捕されるというショッキングな出来事があり、これ以降、不適切保育についての研修依頼が来るようになりました。
令和5年5月にこども家庭庁から不適切な保育についてのガイドラインが出て、行政からの指導の範囲は明確になったと思います。

野上:風の森では、虐待マニュアルを各園読み合わせして1つの基準を持って保育を行なっていますが、考え方の違いによって判断が難しいこともあり、悩ましいです。

木元:最近世田谷区の保育園でも逮捕者が出て、髪や身体を引っ張るという事案でしたが、下半身を踏みつける等の行為もあったそうで、それは完全に虐待、不適切保育ですね。

野上:「ずっと抱っこされているのは恥ずかしいよ」とか「お化けが来るぞ」といった脅し系の言葉はどうなるのでしょうか。風の森では使わないよう指導していますが、子どもを脅すために鬼が存在するような昔話、日本にはたくさんありますよね。

木元:昔は普通にやっていましたよね。しかし、そういう心理的な脅しも虐待だとガイドラインにあります。前述の裾野市の園では「○○先生に怒ってもらうよ」など不適切保育をしていた先生の名前を出して、その先生の怖さを利用して脅していたこともあったそうです。また、心理的身体的虐待を放置するのもダメです。

野上:見て見ぬふりも不適切ということですね。

不適切保育はなぜ起きてしまうのか

木元:檸檬会の青木先生が、根底に子どもの人権を軽んじる意識・下に見ている意識がないだろうかとおっしゃっていて、そこは私も考えるところではあリます。また、精神的余裕がない・長時間労働・パワハラなど色いろ原因はあると思いますが、同様の背景がある業種でそれを理由にお客様に暴言暴力はふるわないよね、という意見もあります。

野上:風の森の先生達は子ども真ん中を第一に考え、子どもと対等に関わっているのであまりそういう意識はないと思います。ただそれは環境が整っていて先生達に心のゆとりがあるからなのかもしれません。実際に裾野市の保育士も余裕がなかったと証言していましたし。しかしそこに本当に因果関係があるかどうかはわかりません。もともとの先生の資質もあるかもしれないし、研修の成果なのかもしれない。

木元:令和3年に株式会社キャンサースキャンが、保育士の子どもの人権の認識と職場環境の観点から不適切保育の分析をして、職場環境の問題も大きいと結論づけていました。しかし今まで逮捕された人は個人の資質の問題もあったように思えますし、たとえば性加害は個人の資質ですよね。

野上:そうですね。風の森にはいませんが、もし資質的に危ないと感じる保育士がいる場合には、現場での気付きをすぐに主任園長経由で経営陣まで上げてもらえれば、面談や指導等、対応できると思います。

木元:なるほど、個人の資質の問題でも良い組織だとそこで虐待の芽を摘むことができるんですね。

不適切保育が起きてしまった時の対応

木元:採用面は一番大事ですね。ただ、実際に面接時に見抜けるかというと難しいと思います。不適切な行動が判明した時に組織として指導する。それでも改善しないなら退職勧奨するという形になると思います。
実際に不適切保育が起きてしまった時の対応は、どの園でもマニュアルを用意し、シミュレーションしておかないといけません。起きないに越したことはないですが、起こったらきちんと行政に報告して、適宜の措置、調査、処分なりを行うことになります。
自治体の保育課の性格にもよりますが、心理的なものや判断に困った時は早めに自治体へ相談することをお勧めします。隠蔽疑惑を避けるためにもずるずると引き延ばしたりせず、自治体にはすぐ報告して一緒に協議している状態に持っていきたいですね。
よく聞かれるのは、保護者会を開くかどうかです。行政のスタンスもありますし、保護者側、特に被害園児の保護者の意向を確認して、開く・手紙を配布するなど対応すれば良いでしょう。
ところで、風の森は保育室にカメラは入れていますか?

野上:はい。主にケガや病気などの状況説明や研修に使用していますが、もし不適切な何かがあった時に行動を証明するものでもあるということは先生達にも伝えてあります。

木元:職員に説明したり規定があるのは良いですね。プライバシー侵害だと考える園もありますが、事故があった時にどういう状況で起こったのかを確認するためにカメラはあった方が良いと私個人は思います。

不適切保育をどう回避するか

木元:色いろな保育園経営者の方から、新卒の人は養成校で最先端の保育や教育について学んできているのに、現場に入るとベテランが昔のやり方に直してしまうのが本当は嫌だという話を聞きます。意欲のある先生は自費でも勉強会や本で学びますが、しない人は全然しないし、どこでアップデートしたらいいんでしょう?

野上:そこは研修で補っていく以外にないと思います。木元先生のおっしゃるように、研修は個人に任せると差が出てしまうので、風の森では勤務時間内にどんな研修をどれだけ受けるか年間で決めています。
やはり、昔はそうだったけれど今はこうなんだ、私達はこう考えるんだということを我々経営者も繰り返し伝え続けないといけないと感じます。保育士さん側も自分がこれまでやってきた自信もあると思いますが、不適切保育にしても、通常の保育のあり方にしても、働き方にしても、全てにおいて古い考えを変えていかないと立ちいかないなと日々感じています。

木元:トップがきちんと理解して未然に防ぐ環境を用意しないといけませんね。昔の保育のままでは不適切保育がいつ生じてもおかしくないですから。

野上:研修や講演を主催されている企業さんが、参加する顔ぶれが毎回同じで、今起きている課題に対してアクセスしない経営者がとても多いとおっしゃっていました。トップがこの時代の、保育の変化に気付いていないんですね。
また少子化ということもあり、下の世代に継がせないという問題もあります。自分ができる間だけやって終わりにするつもりの経営者だと、今求められている保育を積極的に学ばない。

木元:私も同様のことを聞きます。保育団体が主催する、保育所における法律問題の講演などに呼ばれるのですが、危ないと思っているから一番来てほしい園は来ないと主催の方がこぼしていました。
学ぶ園と学ばない園でどんどん差がついていって、子どもに影響が出てしまいます。子ども達には良い環境で育ってほしい。

野上:本当に、子どもが犠牲になることだけは避けたいですよね。
経営者としては、木元先生のような保育業界に特化した弁護士さんに相談していくのも大事だと思います。不適切保育ばかり気にして委縮してしまっては本来の保育ができませんし、何か起こった時に自分達で勝手に解決して、それが間違っていた場合取返しがつかなくなってしまう。
経営者はあらゆる意味で守るための行動をしていかないといけない時代になったと感じますね。

(MiRAKUU vol.48掲載)

『\ノガミキ流/保育士働き方改革委員会』のコーナーでは皆さまからの課題・悩みなどを募集しています。
働き方改革の実践・実現での園の課題・悩みなどをお寄せください。
ご質問は、誌上・web上で公開されることがあります。また、必ずしも質問が取り上げられるとは限りません。ご了承ください。
木元 有香
  • 木元 有香(きもと ゆか)

    真法律会計事務所パートナー弁護士

    東京大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了。2008年弁護士登録。2014年保育士資格取得。2018年幼稚園教諭一種免許取得。保育施設に対し、10年以上にわたり法務・労務サービスを提供。各種紛争や相談に対応するほか、行政・保育団体・保育施設での危機管理やマネジメントの研修実績多数。
    2024年度「保育ナビ」(フレーベル館)では、「教えて、木元先生! トラブル前の法律相談」を連載中。著書に、『幼稚園・保育所・認定こども園のための法律ガイド』(フレーベル館、2018年)、『保育現場における困りごと相談ハンドブック』(新日本法規出版、2019年)、『お答えします! マンガで分かる保育士のための法律相談』(新日本法規出版、2021年)などがある。

野上 美希
  • 野上 美希(のがみ みき)

    社会福祉法人風の森 統括
    学校法人野上学園 主事
    株式会社野上アカデミー 代表取締役
    一般社団法人キッズコンサルタント協会 代表理事

    大手シンクタンクにて、コンサルティング、採用、営業を経験した後、人材紹介会社にて事業部の立ち上げに従事。営業部長として複数の部下をマネジメントする傍ら、女性のための人材紹介サービスの代表も務める。自身の妊娠を機に久我山幼稚園の運営に携わる。
    成長著しい時期である0歳~9歳(シングルエイジ期)においての一貫した教育を提唱し、子育てひろばや学童保育、6つの認可保育園を開設。
    また、キャリアカウンセラー資格を活かし、保育士のための仕事紹介サービス『保育ウィルキャリア』も主宰し、自園以外の保育士のキャリアに対しても寄り添う。幼稚園の採用のみならず、認可保育園を毎年1園ずつ増やす中で、独自の採用手法により、国基準の2倍の保育士確保を実現。現在、業界に先駆けて保育者の働き方改革を実践している。